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素直になれない ②

Author: 紅城真琴
last update Last Updated: 2025-04-23 23:00:44

10分ほど待って、

「山形さーん」と診察室へ呼ばれた。

「どうぞ」

声をかけた公が、パソコンから顔を上げこちらを向いた瞬間に驚いた顔をした。

久しぶりに公の顔を見た私はうれしくて、微笑んでしまった。

なんだかとても元気そう。

痩せた様子もないし、着ている服も綺麗にアイロンがかけられていて、清潔感がある。

自分でしたのかなあ、それとも・・・

「どうしました?」

「ええ?」

私に気づいたはずの公が、発した言葉に今度は私が驚いた。

「今日はどうされました?」

どうやら公は、医者と患者で通す気らしい。

それなら私も、付き合います。

「最近胃の調子が悪くて・・・」

「痛みがありますか?」

「はい」

「それは、空腹時?」

「うーん、気がつけばって感じなので・・・」

「どの辺りが痛みますか?」

「えーっと、この辺?」

胃の辺りをさすってみた。

「食事はとれていますか?」

「はい」

ところでこの小芝居、いつまで続ける気だろうか?

もしかして、公は怒ってる?

だんだん不安になってきた。

***

「便通は?」

さすがに恥ずかしくて言葉に詰まった。

「うんちです」

再度たずねてくる公。

分っています。

「大丈夫です」

精一杯答えたのに、

「毎日ありますか?」

許してはくれないらしい。

あー、恥ずかしい。

「便通は毎日ありますか?」

まるで日本語がわからない患者を相手にするように、繰り返す公。

ひょっとして、いじめて楽しんでいるんだろうか?

「2日に一度くらいです」

こうなったら根比べとばかり、私も開き直った。

「生理は?」

「はぁ?」

「最後はいつでした?」

「・・・先月の頭です」

「遅れてますか?」

「元々不順なので」

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